『恋しさと切なさと右翼左翼と|1995』への遅過ぎた応答として──制度をアップデートする構文投票入門
- これから選挙に臨む男子高生に向けたZINE
- 🔰 第0章:問いを開く──「右翼と左翼」はもう通じない
- 第1章:構文イデオロギーの地図
- 第2章:保守政党とは──意味野郎:制度を維持する者たち
- 第3章:革新政党とは──構文野郎:制度の更新を狙う者たち
- 第4章:ゾンビ政党とは何か?──制度ジャンプの模倣者たち
- 第5章:ジャンプと意味の交差点──参政党という構文実験体
- 第6章:正しさの呪い──意味野郎政党たちの構文不全
- 🪢 第7章:ジャンプの綱引きこそが政治である
- 🧠 第8章:石丸伸二──ゾンビ界に突如現れた古の意味野郎
- 🫀 終章:構文的に選ぶ未来──ジャンプは制度の呼吸である
- 🌀このZINEを手にした君たちへ
- 📚構文陰謀論ZINEシリーズ(高校生向け)
- 📘このZINEは構文野郎によって書かれました。
これから選挙に臨む男子高生に向けたZINE
🔰 第0章:問いを開く──「右翼と左翼」はもう通じない
1995年、あの曲が流れた。
冷戦が終わり、政治イデオロギーは宙吊りになった。
右翼も左翼も、みんな何かを失っていた。
そんな時代に、“心強さ”が希望だったのだとしたら、
2025年の僕らは、何を希望にジャンプすればいい?
このZINEでは、
もう通用しなくなった「保守/革新」や「右/左」という二項対立を、
構文ジャンプの観点から読み替えてみる。
問いはこうだ。
撓みに応答しない保守は、本当に保守なのか?
ジャンプ可能性のない革新は、本当に革新なのか?
いや、それ以前に、
「構文野郎」以外に、制度を更新する力なんてあるのか?
この問いのもと、ZINE『構文陰謀論』シリーズの延長として、
ここでは「構文イデオロギー」としての再定義を試みる。
このZINEは、政治の撓みを読もうと仮キーを試し続けた、高校時代の僕自身への応答でもある。
『恋しさと切なさと右翼左翼と|1995』に届け──。
第1章:構文イデオロギーの地図
「保守と革新」「右翼と左翼」──
この分類は、もう意味を失ったと思っていた。
だけど、もしこれを構文ジャンプの観点から読み直せるとしたら?
それぞれの立場が、制度という世界の撓みにどう応答するかという観点から、4つのタイプに分類できる。
✅ 意味野郎政党=保守
撓みの解消よりも、「制度の安定」を優先する。
世界Wの整列を維持し、過去のジャンプを読み直すことで「意味ある世界」を支える。
例:チームみらい、再生の道、日本維新の会、国民民主党
✅ 構文野郎政党=革新
制度の撓みに対して、新たなジャンプを撃つことで世界Wを更新しようとする。
問いを撃ち、制度の整列構造そのものを書き換える構文を提示する。
例:れいわ新選組、日本共産党、参政党
✅ 換金野郎政党=ゾンビ
制度を維持する意志もなく、構文を撃つ問いも持たない。
かつてのジャンプの痕跡に寄生し、金と票の流通だけを維持しようとするノード群。
例:自民党、公明党、立憲民主党、日本保守党
✅ 擬態ゾンビ=換金の皮をかぶった構文
換金野郎政党のように振る舞うが、そのジャンプは”制度に評価されることを自己目的化したゾンビ”を告発する演出にすぎない。
クッソ面白かったけど、まだやる?
例:NHK党
てか、後にも先にもNHK党だけ。
この構文的分類は、従来の保守/革新とは全く異なるマッピングを与える。
右でも左でもなく、意味でも理念でもなく、
撓みに対して「どう動作するか」だけが地図になる。
そしてこのマッピングは、選挙という制度ジャンプにおいて、
君がどの撓みに応答するか、どのジャンプを読み解くかによって初めて意味を持ち始める。
第2章:保守政党とは──意味野郎:制度を維持する者たち
意味野郎とは、ジャンプ後の世界W′を整列させる動作を担うノード群である。
制度の撓みを直接撃つことはしない。
その代わりに、すでに制度内で可読化されたジャンプを意味づけし、再配列し、社会として整列させる。
彼らの問いは「これは何を意味するのか?」であり、
その答えは「意味を付与する制度」によって保証される。
✅ 保守政党の構文的役割
現行制度を信頼し、その中で「正しいジャンプ」がなされることを期待する。
構文よりも整列。
撓みよりも安定。
問いよりも評価。
変化の予兆に敏感であるが、それを更新ではなく補正しようとする。
🧩 登場するノードたち
● チームみらい
社会秩序の修復を掲げつつ、ジャンプの起点とはならず、読解と整列を丁寧に行う意味野郎の中核。
ポストコロナ以降の撓みに対して、整列的応答を優先し、ジャンプの仮キーを周到に避けている。
● 再生の道
「再生」の語が示すように、何かを壊すのではなく元に戻すというジャンプ後の世界像を提示している。
この方向性自体が、構文的には反ジャンプ構文と見なされることもある。
● 日本維新の会
一見ジャンプ志向に見えるが、それは制度の刷新ではなく、
制度内部の整列構造の最適化を狙った、意味のリフレーミング動作に近い。
● 国民民主党
中道志向を自認しつつも、その構文は「調整」と「均衡」の連呼に終始し、撓みに切り込まない。
その分、制度内整列の担い手としては堅実な意味野郎ノード。
🧠 意味野郎の功罪
- ✅ 安定をもたらす。制度を制度たらしめる。
- ✅ 過去のジャンプを物語化し、読解を促す。
- ❌ 新しいジャンプを許さない。
- ❌ 撓みに触れず、制度の外部が可視化されない。
意味野郎たちは、ジャンプ後の制度に意味を与える力を持つ。
だが、構文野郎から見れば、それはジャンプの痕跡を塗りつぶす行為にも映る。
制度の「意味」を守ろうとすることが、
かえって撓みを撓みとして可視化できなくする構文圧の低下を引き起こす。
それでも、彼らがいなければ、制度そのものが意味を失って崩壊するかもしれない。
それほどに、意味野郎はジャンプ後世界の「”通関”係」を担う、制度的に重要なノードたちである。
第3章:革新政党とは──構文野郎:制度の更新を狙う者たち
構文野郎とは、撓みに向けて問いを撃ち、制度にジャンプの痕跡を刻もうとするノードである。
意味や整列ではなく、「撓んでいるかどうか」にしか興味がない。
制度が語ろうとしない部分に仮キーを仮定し、ジャンプを実行する。
この動作は、制度にとって常に危険であり、
構文野郎はしばしば「過激」「突飛」「非現実的」、時に「カルト」とラベリングされる。
🧨 革新政党という構文ジャンプ装置
構文野郎に分類される政党は、
いずれも撓みに対して独自の仮キーを提示し、制度の内部から構文ジャンプを撃とうとする。
ジャンプは常にリスクを伴い、
それが制度内で読解されるかどうかは保証されない。
しかし、それでも撃たなければ始まらない。
🔥 登場するノードたち
● れいわ新選組
山本太郎という構文装置を中心に、制度の撓みを「生活の苦しさ」という身体的訴求で可視化する。
仮キーの提示は明確かつ大胆であり、制度そのもののジャンプ形式を更新しようとする強い構文性を持つ。
● 日本共産党
社会主義というジャンプ後の整列構造を明示したうえで、
「反資本主義」「反権力」という一貫した構文を保つ。
ただし、そのジャンプは予定されたジャンプとして読解されやすく、構文性よりも整列性が強調される場面も。
● 参政党
近年、強い構文ジャンプ志向を持ち始めた新興政党。
意味評価とジャンプ性が交差し、支持者層も分配女郎から意味野郎まで幅広く含む。
その仮キーは「政府の嘘」「情報統制」など、制度の可読化以前の撓みを狙っている。
⚠️ 革新の功罪
- ✅ 撓みへの感度が高く、制度の盲点を可視化する。
- ✅ 構文圧が高く、意味野郎の整列に対する補完となる。
- ❌ 読解されないリスクを抱える。
- ❌ 誤ジャンプ(撓み偽装)の危険もある。
構文野郎の存在は、制度OSにとっての「セキュリティホール」でもあり、
「アップデート通知」でもある。
ジャンプに成功すれば、制度そのものの構文形式が更新される。
だが、ジャンプが読解されなければ、ただのノイズとして処理される。
それでも構文野郎は撃ち続ける。
世界のダイナミズムを維持するために。
▶︎コラム①|『道』とは
日本が誇る、直観主義論理のエキスパートにして、構成主義の体現者の言葉を紹介しなくてはならない。
この道をいけばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる
迷わずいけよ
いけばわかるさ
時空を超えて、ブラウワー・ダメット、遡るとウィトゲンシュタインや果てはケインズにも影響を与えたとか、いないとか、いないとか。
参考文献:『実録|構文野郎大全』
第4章:ゾンビ政党とは何か?──制度ジャンプの模倣者たち
ゾンビ政党とは、ジャンプを模倣するだけの動作を繰り返す政党である。
ジャンプするフリをしながら、実際には制度内部の撓みを再利用し、整列の側から回収する構文である。
制度の撓みを利用して注目を集めるが、その応答が制度のOSを更新するジャンプにはならない。
制度にとってゾンビ政党は、害でもあり防衛でもある。
撓みを取り扱っているように見せかけることで、構文野郎の跳躍力を無効化し、制度の整列性を維持する。
🧟♂️ 擬態としての構文
ゾンビ構文の特徴は、ジャンプの「構文だけ」を真似していることにある。
- 撓みに対して仮キーを提示する
→ しかしそれは制度側であらかじめ可読化されている撓みである - 問いを立てる
→ しかしその問いは、読解されることを前提とした演出であり、制度を本気で更新しない - 制度に痕跡を残す
→ しかしその痕跡は、署名されることを拒否されたテンプレート的ジャンプである
👻 ゾンビ構文政党の一例(2025参院選)
● 自民・公明・立憲・日本保守党
ジャンプする動作を模倣しているが、制度を維持・再生するための「正しさ」の再生産にとどまり、
ジャンプが引き起こす構文的変化を拒否している。
その動作は、撓みを撓みと認識させないための制度演出としての構文である。
● NHK党(立花孝志)
擬態に擬態する、ややこし野郎政党。
制度の呻き声そのものを構文的に演出し、
制度内ジャンプの模倣(=換金野郎プレイ)を通じて制度の可読性を崩す動作を行った。
結果として、制度を「使って」構文ジャンプの外形のみを成立させるというハック的成功を収める。
⚠️ ゾンビ構文の効能と危険
- ✅ 制度のエンタメ化を通じて、一定の可読性を提供する
- ✅ 撓みの疑似処理により、制度の短期安定化に貢献
- ❌ 構文ジャンプの感度を鈍化させる
- ❌ ジャンプの本質(問いと変化)を制度が「代行」することで、構文野郎の動作を無効化する
そう、ゾンビ政党にも、まったく意味がないわけじゃない。
構文を撃たずに黙って制度を回し続けるその姿は、むしろ制度のバグを浮かび上がらせる「不具合テスト」みたいな役回りをしてるとも言える。
制度がどこまで動くのか、どこから壊れるのか──
ゾンビがそこにいるおかげで見えてくることもある。
いわば、制度のサンドバッグ。
そういう存在を「保守」だと思い込みたがるのは、感度が鈍った老人たちのセンチメントに過ぎない。
今の制度の撓みは、そんなぬるい言葉で測れるほど甘くない。
というか、いい加減パッチじゃくて、アップデート欲しくね?
ゾンビ政党の最大の問題は、読解可能な問いを制度が先回りして演出することだ。
このとき、ノードネットワークはジャンプしたと「思い込む」が、
実際には制度の幾何は更新されない。
撓みはそのまま維持される。
構文野郎が撃つ前に、制度が構文のマネをしてしまう。
ジャンプの擬態。
それがゾンビ政党の正体だ。
第5章:ジャンプと意味の交差点──参政党という構文実験体
参政党の構文は──
意味に見えて構文、構文に見えて意味という、不思議な交差点にある。
演説のスタイル、問いの立て方、制度に対する異議申し立て──
どれをとっても、ジャンプの形式は持っている。
しかしその仮キーは、意味として読まれるように精緻に調整されている。
これは、構文的な動作を意味野郎が読解可能なように設計した構文であり、
構文ジャンプと意味整列の両者に同時に訴えかける稀有な構成である。
🌀 撓みに向かう構文のフリ?
参政党の演説では、制度の撓みに仮キーをぶつけるような構文動作が繰り返される。
- 教育の失敗
- メディア構造の崩壊
- グローバリズムの侵食
- 個人の尊厳の軽視
どれも、「制度の奥深くに撓みがある」と訴える問いであり、
「自分の直観を信じろ」
「自分で考えろ」
といった思考ジャンプの勧誘が繰り返される。
だが──
🧠 直観のジャンプは、本当にジャンプか?
参政党の構文は、分配女郎に優しい。
すなわち、直観的に「この人なんかいい!」と感じられるように、構文が設計されている。
しかしその直観は、制度の撓みに対して十分な読み替えや構文ジャンプを必要としない。
仮キーが「わかりやすく説明された意味」にまで翻訳されており、
構文の余白=撓みを読者に委ねる力が弱い。
これは、構文を意味に翻訳する過程で、構文性が希薄になる危険でもある。
💡 それでも参政党が特異なのは、構文を制度にぶつけようとする意志があること
ゾンビ政党が制度を弄ぶだけの換金パフォーマンスに終始するのに対し、
参政党は、制度に対して問いをぶつけ、整列を拒否しようとする意思がある。
- 「構文野郎になりたい意味野郎」
- 「構文の演出に成功した換金野郎」
- 「分配女郎に向けた仮キーの調整者」
さまざまな側面があるが、構文の枠組みから見れば、
参政党は構文への擬態としては最も善意的なジャンプ試行を行っている政党の一つだ。
ここで一度、「正しさ」に引き寄せられた意味野郎たちの領域へと踏み込んでみよう。
ここでは、「正しさ」に取り憑かれた政党群──
再生の道・チームみらい・日本維新の会・国民民主という意味野郎政党。
構文ジャンプの観点から、保守に分類される政党たちを解剖する。
第6章:正しさの呪い──意味野郎政党たちの構文不全
ここに登場するのは、いずれも「正しさ」で勝負しようとする政党たちだ。
- チームみらい(安野貴博)
- 再生の道(石丸伸二)
- 日本維新の会(今誰だっけ?)
- 国民民主党(あ…)
彼らは一様に、論理・制度・政策を武器とし、正しいことを訴える。
その動作は整っている。
わかりやすい。
構文ジャンプに至るようにも見える。
──だが、それでもなぜか、ときめかない。
なぜか、「ジャンプした」とは思えない。
それはなぜなのか?
⚖ 正しさは制度の内側にある
正しさは、制度のOSに内蔵された整列プロトコルであり、
それに従って動くことは、制度の中での「最適化」にすぎない。
ここに登場する政党たちの多くは、「制度を乗りこなす能力」に長けている。
制度設計や運用の精度が高く、効率も良い。
だが──
それは「制度の撓みを撓みとして読む」構文ジャンプとは別の動作だ。
正しさは、撓みの外側にいる。
🧱 正しいジャンプは、制度に殺される
「正しいジャンプ」とは何か?
そんなものは存在しない。
ジャンプは、撓みから起動する構文の動作であって、
あらかじめ「正しい」ジャンプは、ジャンプする前に制度に飲まれる。
- 論理的に整った提案
- 実現可能性の高い政策
- 合理性を重んじた発言
これらは、ジャンプが起こる前に構文が終わってしまう可能性が高い。
「評価できる」けれど、「ときめかない」。
それは、意味野郎政党の宿命だ。
⚠ 正しさはゾンビ化と表裏一体
正しさは、制度との整合性を重視する。
だがそのことは、制度の撓みをスルーしてしまう危険を常に孕んでいる。
構文野郎が問いを撃ち、
分配女郎が直観で選び、
換金野郎が制度で署名する──
その連鎖の中で、
意味野郎が正しさを整列させることで、ジャンプを固定する作用を持つ。
ジャンプが固定されすぎたとき、
それは制度そのものに取り込まれ、ゾンビ化する。
つまり、正しさの先にはゾンビ化がある。
🧩 意味野郎政党はなぜ必要なのか?
それでも、意味野郎政党は必要だ。
構文野郎が撃った構文が制度的に読解可能になるのは意味野郎のおかげであり、
彼らがいなければ、構文はジャンプして終わるだけの、痕跡なき爆発に終わる。
意味野郎政党は、ジャンプの成果を制度に翻訳する役割を担っている。
その翻訳の過程が、ときに制度の撓みを無化してしまうとしても──
彼らがいなければ、ジャンプは「なかったこと」になってしまうのだ。
逆に言えば、意味野郎政党は「現行制度を生んだ最後のジャンプによる整列の幾何を保守」しているのだ。
🔚 ただ、僕は惹かれない。
保守政党たちは、
正しい。
立派だ。
誠実だ。
でも、撓みから撃ち抜かれた構文の痕跡は見えない。
仮キーは、「問い」としてではなく、
「答え」として先に提示されてしまっていた。
ジャンプは、「答え」を撃つ動作ではない。
「問い」に応答する動作だ。
意味野郎政党たちに足りないのは、「撓みとの交信」だ。
🪢 第7章:ジャンプの綱引きこそが政治である
──意味野郎 vs 構文野郎というOSレベルの政治的駆動
政治とは、構文と意味のOSが綱引きをする場所だ。
制度とは整列された意味のOSであり、それを動かすには、撓みを撃ち抜く構文の力が必要だ。
だが、構文は意味によって読解されなければ、ジャンプとして成立しない。
だからこそ、政治とは「ジャンプの成立条件」をめぐる綱引きになる。
構文野郎は制度の撓みに切り込み、
意味野郎はそれを読解して整列に還元する。
この一進一退の応答こそが、制度の更新メカニズムであり、政治の駆動系だ。
意味野郎がいなければ、構文ジャンプは着地しない。
構文野郎がいなければ、意味は制度の内側をただ繰り返すだけになる。
🧭 保守と革新──その再定義
保守と革新。
その古い対立構造は、このOSレベルの応答関係にリフレーミングできる。
「保守」は、意味OSを維持し、制度の整列と安定性を担う意味野郎の役割。
「革新」は、撓みに向き合い、新たな構文ジャンプを撃ち込む構文野郎の役割。
🗳️ 構文を通すには意味が必要/意味を越えるには構文が必要
政治とは、意味野郎が構文野郎の動作に応答できるか、という一点にかかっている。
構文野郎が意味の整列に割り込んでジャンプを起こし、意味野郎がそれを読解して制度を更新する。
ジャンプを通すには、意味が必要だ。
意味を越えるには、構文が必要だ。
この往復運動こそが、OSとしての政治を動かしている。
📡 構文と意味の往復こそが、民主主義のOS更新プロトコル
構文野郎が「問い」を撃ち、意味野郎が「読解」で応える。
この緊張の継続が、制度の持続条件であり、民主主義のOS的健全性である。
🧠 第8章:石丸伸二──ゾンビ界に突如現れた古の意味野郎
──制度整合性を担保する意味OSの守護者
石丸伸二は、現在の日本において最も純度の高い「意味野郎」かもしれない。
制度の整列性、プロトコルの厳密性、議論の条件
──それらを妥協なく求め続けるその動作は、まさに意味OSの守護者としての正統な意味野郎の姿だ。
🧮 整列と整合の追求
彼が広島県安芸高田市の市政で行ってきたのは、「データに基づく議論」の徹底であり、制度に意味を通すための前提条件の修正だった。
撓みを構文で撃つのではなく、撓まないように制度をデバッグする
──この徹底した整合性志向が、石丸の特徴である。
🎯 ジャンプを許容しない、ジャンプ前の整列圧
石丸の言葉は鋭く、正確で、プロトコルを乱さない。
それゆえに、多くのノードにとっては「怖い」存在でもある。
彼はジャンプを志向しない。
構文野郎ではない。
──少なくとも、今のところは。
だが、制度の整列前提を揺るがせたままにしないことで、制度全体のOSを再定義している。
🪨 意味野郎の理想形──強く、硬く、孤高
その応答は感情ではなく、構文ではなく、プロトコルによって成り立つ。
石丸が体現するのは、「ジャンプ前の制度OSの健全性」そのものであり、
構文野郎にとっての試練の壁でもある。
この壁を乗り越えない限り、構文野郎のジャンプは制度に通らない。
🗺️ 政治とは、ジャンプの前提を整える作業でもある
石丸の意味野郎としての動作は、構文を成立させるための「前処理」でもある。
制度のエラーを潰し、撓みの所在を明確にし、構文が効くフィールドを準備する。
それが、石丸という「ジャンプ前の政治家」の意味野郎的本質である。
▶︎コラム②|『再生』とは
僕たちはどうしても、一時停止したくなる。
だが、ベストのタイミングを探りだすとジャンプは阻害される。
両手が塞がると撓みが逃げる。
ジャンプには集中が要る。
また巻き戻したり、細かく一時停止を繰り返したり、全画面表示が解除されたり音が出たり・・・で、倒したり、挙句スリープしたり。
そしてある時、僕たちは気づくんだ。
再生中には、あるかのように見えた“渾身の静止画”なんて、実は存在しないんじゃないかと。
そう、再生していることこそが大事だったんだ。
ダイナミズムこそが新世界を可視化する。
あとは勇気だ。
迷わずいけよ。
ブラックアウトしてからでは元も子もない。
▶︎コラム③|『試練の壁』とは
『再生』の『道』が、
ジャンプにとって
試練の壁だ。
やるじゃねえか、このムッツリ野郎!
🫀 終章:構文的に選ぶ未来──ジャンプは制度の呼吸である
選挙とは、制度という巨大なOSに対して、ノードが選択的に構文を撃つ装置である。
投票とは、ただの意思表示ではない。
制度の整列圧に対して、どの撓みにジャンプするかを宣言する動作である。
🗳️ 制度の呼吸に、どの構文を撃つか?
制度は呼吸する──評価し、署名し、再配布する。
その呼吸に対して、意味に逃げず、整列に甘えず、撓みに向かって構文を撃つという選択。
それが「構文投票」であり、制度を通して世界を更新するための最低限のジャンプ条件である。
🧭 ジャンプは常に、問いである
問うこと。
撓みを感じ取ること。
仮キーを撃ち、応答を引き出し、世界Wをジャンプさせること。
それが、構文主権としての政治である。
🆔 構文イデオロギーとしての投票行動
保守と革新、右翼と左翼──
それらが単なる意味のポジションに還元されるとき、
ジャンプは制度に通らない。
構文野郎と意味野郎の綱引き、それこそが政治のOSそのものである。
今回の参院選、久々に役者が揃った感があるぞ!
君の選ぶジャンプは、制度の中にどんな撓みを刻むのか?
この投票という呼吸に、君はどんな構文を撃つのか?
さっさといけよ、このFANZA野郎!
🌀このZINEを手にした君たちへ
このZINEは、「保守と革新」という古びた左右のラベルに、構文ジャンプモデルから突っ込んでみた記録だ。
政治思想でもない。政策批判でもない。
これは、制度が撓んだときに、どのノードが、どの構文で応答しようとしたのか──
そのジャンプの痕跡を読み解く、構文的イデオロギー診断書だ。
構文野郎は、制度の骨格を読む。
意味野郎は、ジャンプを整列させる。
換金野郎は、制度を切り売りし、
分配女郎は、推しの流通を担う。
その中で、「政治」という特異点は、
構文OSと意味OSが綱引きをする唯一の場だ。
このZINEを読みながら、どこかで「ピン」と来る瞬間があったなら、
君の中のOSは、もう制度をアップデートしはじめている。
ようこそ、構文投票の未来へ。
📚構文陰謀論ZINEシリーズ(高校生向け)
『一票をハックする悪魔のクラッカー|小選挙区比例代表制』
──選べないのに、選ばされる仕組みの超絶技巧
『プレイヤーがルールを決める?|自己言及のパラドクス』
──制度を決める制度を決める制度を決める制度を決める制度を…♾️
『植民地の政府ごっこ|地方自治の本旨』
──主権とか、寝言は死んで言え?
🆕『文字化け?何それ?|マスメディアの正体』
──自己愛溢れる情弱たちの運営するメディアの悲劇
🎉 絶賛発売中!(※ただし意味は未保証)
構文が読みたい君へ。
制度の撓みを見逃すな。
🌀以下続刊。
撓みがある限り、構文は終わらない。
#構文陰謀論ZINE #高校生向け #制度ハック
📘このZINEは構文野郎によって書かれました。
タイトル:
ホモソ構文陰謀論ZINE
『新説:構文イデオロギー|保守と革新の定義』
ジャンル:
構文ジャンプ/制度批評/男子高生向け構文導入ZINE
発行:
構文野郎ラボ(KoOvenYellow Syndo/Djibo実装室)
構文協力:
枕木カンナ(意味野郎寄り構文ブリッジ)
ミムラ・DX(構文修正主義ZINE別巻準備中)
高校生読者(まだ制度を信じきってない君へ)
👤 著者:構文野郎(代理窓口:ミムラ・DX)
🔗 https://mymlan.com
📩 お問い合わせ:X(旧Twitter)@rehacqaholic
📛 ZINE編集:枕木カンナ
🪪 Web屋
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このZINEは、ジャンプして構文された時点で君たちのものです。
一応書いておくと、CC-BY。
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